2009年3月17日火曜日

とことん②

観光日記 です。 

 週末(13-14日)  第3回目の 「ワディラム」に行ってきました
 ↓過去2回の日記
 先日の北部への緑色の旅とはちがい、一面砂の土地へ。


 今回のツアーは 職員K君の送別会もかねて
 というのも、彼が、1月1日にラムに来た際、
 「ラムで1番高い山に登りたいです」「帰るまでにもう1回ラムに来たいです」

 といっていたので、 おせっかいな20-1の仲間たちはしっかり計画を立てたんです(0^-^0)

 
 で、今回は韓国ボランティアのKOICAメンバーやシニアボランティアの方も一緒に行ってきました




 1日目は、ラムツアーです。 

  過去に回ったことのあるポイントだったけど、みんなで回りました。初めての人の喜ぶ様子もいいものです。
 
 そして今回初めて見れたのが「水」!!!  
 先月末にラムでも2回雨が降ったということで、岩の間に水が!!!!

 これは今の時期にしか見れませんね★





初トレッキングも。ほんの30分ほどですけど

砂の山は登るのが大変!!












 キャンプにて
 

 ただただサンセットを眺める



 満点の星空を眺める  






 満月を眺める







 時間がゆっくり流れるのに、早く感じるという不思議な感覚を暗闇で味わうわけです。

 「何もないことがいい」






 2日目
 

5時半起床 サンライズを拝む



6時半  朝ごはんをいただく


7時半  今回のメイン


      登山に向けて出発!!!
 

 奥のとがった山に登ったんですが、、、、
  
 

 標高1850m 
  


 登り始めのあたりで、海抜1000mくらいだそうで、そこから約800mの岩山をガシガシと登っていく。
  

2時間ほど登ると
  

そこが頂上!!!!!
   


  頂上で おいしくビールをいただき

 

  あーーーーーーホンと何もない  

 

  サウジとの国境には道路が走ってて、すぐそこ。

 

  いろんなことがちっちゃい。 

  ここにくると本当にそう思う。

  

 あーーーヨルダンにキテヨカッタ

 毎回そう思う  ラムに来たときは(限定)

 

2009年3月16日月曜日

とことん



ヨルダンは春がやってきてます!!

この時期を逃してはいけない!!!!!ってことで、とことん観光\\\(^0^)//

3月8日(日) 「ウンムカイス」

ローマ時代にはデカポリスの一員として繁栄した軍事基地"ガダラ"という都市だった。 (ローマ帝国の繁栄とともに)AD2世紀~黄金時代を迎える☆  7世紀にイスラム支配下となるが、8世紀には質のいいワインの土地として知られており、クリスチャン地区として機能していた。しかし、8世紀の相次ぐ大地震で衰退した。


 で、ここにきて本当に緑色の濃さと湿気を体全身で受け止めた!!
 マアンのあの乾燥した大地で忘れていたモノが・・・・体中にしみこんでいく感じ

 西劇場や公衆浴場のつくり、水路のつくりに感動
 
 で、これが ローマへと続く道☆ 
石畳に馬車の轍ができていた。。。

それほど当時にぎわっていたってことですね。


って、ことで、いろんなところを触ってみるのです・・・歴史を素手で感じる

  












 3月9日(月) 預言者ムハンマドのお誕生日ということで祝日
 
 昨日の感動覚めやらず、 「ジェラッシュ」


(南門)

  ここもローマ人がつくった都市。ローマ人が来る前からジェラッシュは人がすむ集落だった。(南部の人とは文化が違ってあたりまえよね、と納得) 紀元前64年にローマ軍の植民地となり、その後デカポリスのひとつになる。その後はかなりの繁栄をなす。後は、ウンムカイスと一緒。19世紀にドイツ人旅行者によって発見される。



(列柱通り)



柱も彫刻も本当にきれいに残っているもんで、感動

土の中に埋まってしまっていたことで損傷、風化があんまりすすまなかったんだろうな。

でも、それによって、今や遺跡の埋まっているであろう土地の上には市場や住居が建っていて、そこの上で普通に生活が営まれてる。




遺跡の中にはいたるところに教会があって、きれいな柱とモザイクものこてってたりして本当にきれいだった。そして、遺跡の中は、緑がたくさん!!!

この緑と花と
こんな季節がヨルダンにやってくるとは思っても見なかった
あーー癒される
湿気と緑に癒されて、ジェラッシュを後に。

2009年3月6日金曜日

研修



今 “ジェンダー研修” を村保健センターのスタッフと一緒に受講中
(もちろんすべてアラビア語)

昨日から4日間の予定で始まりました


昨日は、ビデオ~産婦が死んでしまう。理由は、周りに手助けをする大人がいなかったため(夫は出稼ぎ、子供はまだ10歳くらいで小さく、両親は近くにいるが相手にせず)と、病院スタッフの怠慢。~をみて、これについて、ディスカッションをしたり
妊産婦死亡率を下げるにはどうしたらいいか、をかんがえたりしてました

スタッフは普段の仕事の中で、センターでできるサービス、情報提供は妊娠中の健診と家族計画の道具の提供くらいだと感じていました。
が、実際は 上記のことをしただけでは、妊産婦死亡率は下がらないし、女性が健康で生活できるわけではないってことに気づいて


今日はグループワークで、夫と妻の職業を提示されて、それぞれが1日にどんなことを家庭でしているか、というのを考えました。 これが面白かった。
まずシチュエーションで、夫が働いていないで、妻がセンターの局長をしてる場合というのができました。
ほかには、夫が農夫で、妻は主婦だけど夫を手伝っている、夫が先生で妻は専業主婦。

この発表を聞いてると 本当に、家で女の人のやる仕事が多い!!!
朝から晩までとにかく仕事がある。それに比べ、夫の家での仕事、どっかの家に行くか人が来る、子供と遊ぶ、寝る、テレビを見る、食事をする、くらい。夫の着ていく支度もすべて妻の仕事でした。
さらに意見で、2時以降までの仕事をするのは女性は困難だ、というのが出てきました。
なぜかといえば、昼ごはんの支度、子供の世話があるから 


ううううん。そっか。
日本、今や女の人も働きやすい。フルタイムでも。
でも、一昔前までは、上記と同じだったよな
いつから変わったんだろう
なんて考えながら 講義を受けまてます。

この内容、よく考えたら「リプロダクティブヘルス」のこと

いや、でもこの講義、マアンの女性にしたら画期的なんだろうなと思います。
何ゆえ、マアン=ヨルダンで一番イスラム色のついよい町 といわれてますから。

そうそう、このことを言えば、
先日、カラクやアンマンから嫁いだお嫁さんが、妊娠してセンターに来た際
Gパンにニットワンピ(体のラインがわかるもの)を着た人、タイトな格好にサングラスをして来た人
だったんです。

そしたら、同僚たちは大騒ぎ!!
なぜって??

それは、今までそんな格好でセンターに来た妊婦がいなかったから

マアンでは体のラインの出ない服。特に足先まで隠れるようなスプリングコートのようなものやアバーヤ、へマールなんかを着てる女性が多いので(特に既婚者)、ありえない!!!
ってわけだったんです。





てなわけで、マアンで性別による役割を決めているのは、本当に環境要因がかなり大きい。
その背後は、もちろん文化、宗教が大きいんだけど。

2009年3月4日水曜日

雪のため通行止め

ヨルダン マアンへの道 雪のため通行止め  

だったんです。  日曜日

アカバで楽しい歓迎会(金曜日)  

土曜日に帰宅すると、すごい風夜には雨  

日曜日、朝雨だったので、活動休みか!!!と思いきや、  晴れたので、活動に行きました。  

でも、遠方ショーバックやワディムサの職員は休み


   理由は「雪で道が閉鎖されているから」    


  相変わらず吹き荒れる風     


  活動終了後 同僚モナが一緒に家においでっていってくれたので、同僚の家に2週間ぶり  


  鶏のマンサフをいただき  2時間の昼寝 そのままお泊り  


  翌日も天気は悪くて  翌日も活動終了後 モナの家に泊まり

 
  ありがたや 同僚モナ   
  
  毎晩コーランの勉強をして  アラビア語漬け





 で、本日久々に帰宅して、、、  冷蔵庫を見ると、、、、  あ、トマトにカビが生えてる。。。。。







以下追加編集しました  3月4日

ワディムサに向かう道にて。。。。。 雪です



 気温は18度くらいで暖かいけど、しっかり雪が 



 砂漠に雪が